笑ウJENAニハ福キタル

些細なことで笑顔になれるシアワセ。
さあ笑いましょう。

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突発性難聴になりまして。
春到来。
向かいの斜面に佇む大きな桜が、我が家のリビングの窓を華やかな額縁に仕立ててくれるこの季節。

今朝もヘタッピなウグイスの鳴き声に起こされました。
この「聴こえる」ということが、どれほど大切かをウグイスの声に思う今年の春です。

実は。
右耳が「突発性難聴」と診断されまして。

病気自慢、不幸自慢は好みではないのです。
けれど、インターネットで様々な情報が発信される今、その情報に少なからず救われた経験があるからこそ、記録しておくべきと。
だからちょっと(っていうかかなり)長くなります。。。

奇しくもちょうど10年前の春、左耳に「内耳炎」という病を患いました。聴覚を失うかもしれない、歌えなくなるかもしれないという危機に、とてつもなく大きな不安で押し潰されそうになりました。

その時の記録がこちら→聴こえるということ

あの時、無我夢中でネット検索をし、同じ症状を抱える人、それを克服した人の声を拾い集めようと必死になりました。 だから、あの時の私がこの記事に辿り着けるように、今回はなるべく詳細に、そしてなるべく希望を持てる内容でありたいとの思いからこれを綴っています。

幸い、10年前の内耳炎は理解ある耳鼻科医との出会いもあり、本来ならば治療を終える期間を過ぎても辛抱強く根治を目指して付き合ってもらえた結果、聴力も回復、長いこと残っていた耳鳴りも全く気にならないレベルになりました。

内耳炎克服後の思いを綴った記事→聴こえるということ。聴くということ。

あれから10年。
まさか今度は反対の耳を患うとは。
それも突発性難聴。
内耳炎の時、聴力の低下以上に悩まされた不快な聴こえ方は、今回の症状ととてもよく似ています。
でも、内耳炎には「炎症」という明確な敵がいるけれど、突発性難聴には、そういうやっつけるべき明確な敵もなく、原因もストレス等の様々な説はあれど特定できぬ病。
いずれも早期治療がカギだということは変わらず、ステロイドによる治療が(確実とは言えないながらも)有効とされています。

今回、異変に気付いたのは今月初旬。
音が二重に聞こえることから始まり、その2日後から激しい耳鳴りに襲われました。
まず近くの耳鼻科を受診し、突発性難聴等の可能性はない、との診断から、とりあえず耳の血流改善を促す薬を処方されて様子見と。
しかし、1週間飲み続けても改善なく、不安だけが募る一方だったことから、10年前に内耳炎でお世話になった耳鼻科医の元へ。その頃に住んでいた町の小さなクリニックです。その町を離れて7年、今回つい「まずは近所の耳鼻科」と思ってしまったことを、今ちょっと悔やんでいます。
久しぶりにお会いしたにもかかわらず、先生はしっかりと覚えていてくれて、今回もまた丁寧な検査の後に深刻な面持ちで「突発性難聴」という診断を私に告げました。
ステロイドの点滴療法、場合によっては入院も必要ということから、現在の住まいから通える大きな病院に行くことを勧められ、紹介状を用意してくださいました。
そして自宅からほど近い大学病院にその紹介状を持参してこの突発性難聴の治療が始まりました。
紹介状には、私が歌い手であること、それ故により慎重な治療が必要であることも書いてくれていたようで、今回診てくださっている医師も、音楽に携わる耳の故障というシビアな状況に理解を示してくれていると感じられることは、とりあえず何より気持ちの上で支えになっています。
1週間から10日ほど毎日ステロイドの点滴、そして安静が必要ということで入院も勧められましたが、実は昨年の秋にも入院(ウィルス性髄膜炎。今回の突発性難聴とは直接の関連はないそうです)を経験している私としては、数ヶ月の間に2度も入院など、できれば避けたいわけです。その訴えを汲んでもらえた結果、なるべくの安静を条件に通院での治療開始。
幸か不幸か10年前の内耳炎で似たような症状を経験しているため、受け止め方があの時より少し冷静です。今回の症状だって生まれて初めての経験だったらそれなりの青天の霹靂です。
1週間の点滴ののち、1週間の服薬、計2週間のステロイド治療を終えて、今週から徐々に通常の生活に戻しています。
聴力は検査上の数値では少し上がったものの、耳鳴りや聴覚異常はまだまだ。
具体的に言うと、シャーというか、キーンとかピーとかの混じったホワイトノイズ的な耳鳴り。それと聴覚過敏。これは、聴力補充現象と言って、聴力が下がった分、脳が入力レベルを調整すべく全体的に底上げしようと頑張るために、聴力の落ちていない周波数域が余計に響いてしまう現象。それに伴って割れて聴こえたり二重に聴こえたりということも起こってしまうため、ピッチが取りづらいのはもちろん、ピアノなんかはかなりディストーションの掛かったホンキートンクです。
それと、耳のオートフォーカスが効かない、これが結構シンドいところです。
正常な耳なら、騒がしい場所でも聞きたい音を拾ってそこに焦点を合わせられます。それが狂っているので、単純に全てが平板に一気に押し寄せてきます。例えば雨の降る中で傘をさしての会話は、傘に当たる雨音に自分の声も何もかも全て掻き消されます。
10年前の症状と比較できるという意味では、そもそもの聴力低下自体があの時よりは軽いこと、何より10年前の症状は治ったということ、それは今回の症状の回復を目指す上で大きな希望にはなっています。

昨日、患って初めて歌いました。
10年前のあの頃は、半年経ってやっと歌うに至りました。今回は症状を自覚して1ヶ月と経たずに「歌ってみよう」と。
それは、まずはどの程度歌えるのか、あるいはどの程度歌えないのか、それを確認してみたかったということもあります。
結果として「思ったより歌えた」と、「思った以上にキツい」が半々というのが正直なところ。
聴覚過敏を抑えるために、音質をあまり変えずに音量だけを下げるということに特化したイヤープラグ(耳栓)を使ってみました。悪くないと思います。少なくとも聴こえづらいくせにうるさい、という厄介な不快感は抑えられます。その分、ある程度の経験則からの「勘」が結構助けになっていることもわかりました。

10年前に内耳炎を患った時、治療を始めても3ヶ月で戻らなければ聴力というのはそこで固定されてしまう、と言われましたが、3ヶ月どころかそれ以上不快な症状が続いたのちにほぼ完治。現在の主治医にそのことを話すと「それは多分ものすごくラッキーなこと」だと言います。でも実際に私にはそのラッキーが起きました。だから今回も漠然とながら「治る」というイメージを持っています。逆に、今回はそう簡単なことではないかもという覚悟も。
内耳炎と突発性難聴は違うし、万が一このままだとしたら、という思いもあります。だからこその「歌ってみよう」でした。まだ治療半ばではあります。完治を諦めてはいません。でもこの耳で歌う自分も受け止められそうな気がしてのこと。

10年前に友人から言われた「その耳がどれほどJENAを支えてくれてきたかを思ってみて」という言葉は、あの時のやり場のない絶望感を拭ってくれました。今、改めて噛み締めています。
誰のものでもなく私の耳です。一生の付き合いです。
ちょっと変な聴こえ方で私を困らせたりもしますが、今それなりに必死でなんとかしようと頑張ってくれてる結果なんです。かわいいヤツなんです。
このちょっとイビツな頑張りに私が慣れる頃には、耳も私も頑張らなくて済むようになってる気がします。
| おもう | 20:57 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |









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生業:うたうたい

「ニホンゴ話せますか?」とよく訊かれるが、生粋の江戸っ子、神田の生まれ。
英語で歌い、ポルトガル語で歌い、スペイン語で歌い、時にタガログ語でナンパされる。そんな無国籍な風貌でありながら、明神下で日本舞踊を教える父を持つ。
一番好きな酒はテキーラだが、一番好きな食べ物はあん肝(一緒にヤッてみたことはまだない)。
「無節操」をポリシーに、明るく楽しいビンボー生活をエンジョイしながら、日々、歌っている。

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